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腸が邪魔で胃ろうができない?

胃ろうに大腸の壁が立ちはだかるの巻

さて、介護者私の様々な心の内はさておき、胃ろう造設の方向で事は動き出しました。

摂食障害でひと月以上ろくに栄養を摂っていなかったおばあちゃんには、胃ろう造設に耐えうる体力をつける為の経鼻栄養が始まりました。いわゆる鼻からチューブです。入院の度に点滴などのチューブ類を引き抜こうとするおばあちゃんです。不快な鼻チューブはなおさらです。気の毒ではありますが、手にはミトンが付けられました。身体拘束にあたりますが致し方ありません。すでに同意書にはサイン済みです。

経鼻栄養が始まると、おばあちゃんの体力が回復していくのが分かりました。みるみる顔色やツヤが良くなっていくのです。さすが計算しつくされた完全栄養!と夫婦そろって感心しました。元気が回復するとそれに比例して、不快な物を取り除きたい願望も強くなるようです。ミトンをしながらも「上手に管を引き抜かれるんですよ~」と看護師さんに言われるほどになりました。元気になるのは良いことですが、その様な願望が強すぎる場合、その様な患者に内視鏡検査ができるのだろうかという疑問がわいてきました。

かつて胃を悪くして胃カメラ検査を受けた事がありますが、それはそれは不快なものでした。いくら局所麻酔をするとしても、果たしておばあちゃんがそれを受け入れられるのか相当疑問です。これまでCTの検査などでも、技師の方がかなり手こずられていました。内視鏡検査という大変不快で苦しいものが認知症患者さんに受け入れられるとは、素人には到底思えません。

しかし病院の先生が、それでやりますと言われるのですから、できるのでしょう。ネットで検索すると『点滴による軽い麻酔が施される』と書いてあります。しかし『軽い』で足りるのか甚だ疑問です。

疑問でいっぱいのまま過ごしていたある日、病院から連絡がありました。手術前のCT検査で、内視鏡による胃ろうの造設ができないことが判明したとの事でした。内視鏡による胃ろうの造設には、口から内視鏡を挿入することと、体外の腹部から針を刺すことが必要です。ところがCTの腹部画像によると、おばあちゃんの胃の前面に大腸があって、腹部から胃に針を刺すことができないらしいのです。おばあちゃんのお腹の中にどんな事情があったのか分かりませんが、大腸さんが内視鏡による胃ろうの造設を阻んだようです。

しかしそうなると外科的手術による胃ろうの造設しか方法はありません。外科的手術には全身麻酔が必要で、高齢者には負担が大きく事故の危険が伴います。その危険を踏まえて胃ろうの造設を行うのかどうか。また、その手術は外科の先生が行う事になる為、その先生にも相談が必要とのことで、取りあえず年末の造設手術は年明けに延期となりました。

さまざまな疑問と不安に苛まれていた私は、造設が延期になったことに安堵し、取りあえずお正月はゆっくり過ごせそうだと胸をなでおろしました。

 


医療コーディネーターの存在

医療コーディネーターのお仕事

担当医との面談で、おばあちゃんに胃ろうを造り在宅でお世話をする事に決まりました。スケジュールとしては、ひと月ほど経鼻栄養で体力をつけてから胃ろうを造設、その後胃ろうが落ち着くまでひと月ほど入院して自宅へ戻る。その間、家族は病院で医療的ケアの研修を受ける。大まかにそんな流れです。

入院前は自宅で介護をしていたわけですが、認知症が進み身体的介助もかなり必要なおばあちゃんの介護は、それだけでも結構大変でした。これに医療的介助が加わるとなると一体どんな生活になってしまうのか、考えただけでも気が滅入ります。かと言って「絶対にできない、やりたくない」と夫に断れるタイプでもありません。完全に不可能と思えれば断る事もできますが、少しでも出来そうな事は受け入れて頑張ってしまうタイプです。しかし今回ばかりはどんどん気が滅入り、胃まで痛くなってきました。

面談から数日経ったある日、私の携帯に病院から電話が入りました。普段はまず自宅に掛かりますので不思議に思いながら出てみると、面談に同席されていた医療コーディネーターの女性からでした。女優のともさかりえさんに似た綺麗な女性という印象の方です。

医療コーディネーターとは、医療サービスを提供する側(医療者)と受ける側(患者・家族を含む全ての医療消費者)の間に立って、患者やその家族が、自分らしく納得のいく治療や医療の選択ができるようサポートする役割を担う存在です。

面談の場で、お医者様のお話とそれに対する夫の答えを、メモを取り熱心に聞いておられました。私は何かを尋ねられて頷いた程度でしたが、先生のお話を聞きながらずんずん沈んでいく気持ちが顔に現れていたのでしょう。そのコーディネーターの女性は、「面談時の奥様の表情が気になって、直接お電話しました」と言われました。事前に、ケアマネージャーさんにも事情を聞かれたとのこと。

その言葉を聞いた時、大げさではなく本当に涙が出そうなほど有難く嬉しい気持ちになりました。在宅医療推進派の担当医と、是が非でも自宅で介護することを希望している夫との間で、当然の成り行きとして決まっていく方向に、何も言えず気が滅入っていった私の存在を思いやって下さる人がいた事に、感動すら覚えました。医療コーディネーターとしては、家族も納得のいく方向に導くのがお仕事。主に介護を引き受ける立場の者が浮かない表情をしているのを見逃さずに心配し、連絡をしてくださったのです。

そのお電話で状況を少し尋ねられた後、困っている事があれば、担当医やコーディネーターに直接相談できる事などを話して下さいました。私は、沈んだ気持ちを少し聞いていただいて、感謝の意を伝えました。その後、実際に相談することはありませんでしたが、そのお電話をいただいたことは本当に嬉しい出来事でした。医療に関わる選択を迫られている家族を思い手を差し伸べて下さる存在は、大きな心労を抱えている患者の家族には、とても有難いものです。

その後、その方にお会いする機会もありませんでしたので、この場で心からお礼を申し上げたいと思います。本当に、有難うございました。