医療コーディネーターの存在

医療コーディネーターのお仕事

担当医との面談で、おばあちゃんに胃ろうを造り在宅でお世話をする事に決まりました。スケジュールとしては、ひと月ほど経鼻栄養で体力をつけてから胃ろうを造設、その後胃ろうが落ち着くまでひと月ほど入院して自宅へ戻る。その間、家族は病院で医療的ケアの研修を受ける。大まかにそんな流れです。

入院前は自宅で介護をしていたわけですが、認知症が進み身体的介助もかなり必要なおばあちゃんの介護は、それだけでも結構大変でした。これに医療的介助が加わるとなると一体どんな生活になってしまうのか、考えただけでも気が滅入ります。かと言って「絶対にできない、やりたくない」と夫に断れるタイプでもありません。完全に不可能と思えれば断る事もできますが、少しでも出来そうな事は受け入れて頑張ってしまうタイプです。しかし今回ばかりはどんどん気が滅入り、胃まで痛くなってきました。

面談から数日経ったある日、私の携帯に病院から電話が入りました。普段はまず自宅に掛かりますので不思議に思いながら出てみると、面談に同席されていた医療コーディネーターの女性からでした。女優のともさかりえさんに似た綺麗な女性という印象の方です。

医療コーディネーターとは、医療サービスを提供する側(医療者)と受ける側(患者・家族を含む全ての医療消費者)の間に立って、患者やその家族が、自分らしく納得のいく治療や医療の選択ができるようサポートする役割を担う存在です。

面談の場で、お医者様のお話とそれに対する夫の答えを、メモを取り熱心に聞いておられました。私は何かを尋ねられて頷いた程度でしたが、先生のお話を聞きながらずんずん沈んでいく気持ちが顔に現れていたのでしょう。そのコーディネーターの女性は、「面談時の奥様の表情が気になって、直接お電話しました」と言われました。事前に、ケアマネージャーさんにも事情を聞かれたとのこと。

その言葉を聞いた時、大げさではなく本当に涙が出そうなほど有難く嬉しい気持ちになりました。在宅医療推進派の担当医と、是が非でも自宅で介護することを希望している夫との間で、当然の成り行きとして決まっていく方向に、何も言えず気が滅入っていった私の存在を思いやって下さる人がいた事に、感動すら覚えました。医療コーディネーターとしては、家族も納得のいく方向に導くのがお仕事。主に介護を引き受ける立場の者が浮かない表情をしているのを見逃さずに心配し、連絡をしてくださったのです。

そのお電話で状況を少し尋ねられた後、困っている事があれば、担当医やコーディネーターに直接相談できる事などを話して下さいました。私は、沈んだ気持ちを少し聞いていただいて、感謝の意を伝えました。その後、実際に相談することはありませんでしたが、そのお電話をいただいたことは本当に嬉しい出来事でした。医療に関わる選択を迫られている家族を思い手を差し伸べて下さる存在は、大きな心労を抱えている患者の家族には、とても有難いものです。

その後、その方にお会いする機会もありませんでしたので、この場で心からお礼を申し上げたいと思います。本当に、有難うございました。


在宅医療推進派のドクター

担当医は在宅医療推進派

自力で食事を取れなくなったおばあちゃんの今後の治療について、担当医と面談する日が来ました。

夫婦で相談…というより夫の決断に委ねられていましたが、結局のところ分からないことが多すぎて具体的な結論は出せないまま、取りあえず人工栄養をお願いする事だけを決めての面談です。面談の場には、私たち夫婦と担当医の他に、コーディネーターという女性が同席されました。

今後の方針の大きな選択肢は、1.延命治療はせず点滴のみで自然に任せる 2.人工栄養で延命治療する の二つに一つです。まず、人工栄養をお願いすることを伝えました。人工栄養を施したのち管理する場所の希望も尋ねられましたので、夫はかねてからの希望通り、できれば在宅でと伝えました。しかし実際に自宅でできるものかという夫の質問に、お医者様は実例を挙げながら在宅での療養が十分可能であるという説明をされ、胃ろうを造り在宅で介護するのが良いでしょうと言われました。

おばあちゃんが日本尊厳死協会に入っていたこともあり、お医者様からそう言われるまで正直なところ胃ろうの造設は考えていませんでした。在宅の希望も、医療的ケアの程度によります。夫は、このようなものがあるのですがと持参していた『尊厳死の宣誓書』を先生に見せました。宣誓書に一通り目を通した後、お医者様は「この文面だけでは、胃ろうは出来ないとは言えませんね」と言われました。結局のところ『宣誓書』は、家族の理解と強い意志が無ければ効力を持たないという事でしょう。

その場に臨むまで考えていなかった胃ろうの話が、当然の成り行きとしてお医者さまの口から語られていきます。胃ろう造設から退院後までの説明の中には、家族が病院で医療的管理の指導を受けることも含まれていました。ヘルパーさんの力を借りるとしても、家族総出でお世話をする必要があることを痛感しました。

医療的ケアを伴う在宅介護が、突然、現実となって目の前に現れ、話がどんどん進められていきます。話を聞きながら退院後の生活を考え、気が重くなっていきました。糖尿病の血糖値の検査すら拒絶して手を払われていた私が、痰の吸引など出来るのだろうか。管を引き抜くおばあちゃんが、未だ見た事のない『胃ろう』というものを危険に扱ったりしないのだろうか。そんな私の混乱をよそに年末の手術と、体力をつける為に経鼻栄養を始める事が決まっていきました。

後で分かったことですが、担当医は、胃ろうを造ることに積極的で在宅医療を推進しているドクターでした。在宅医療は国も推進していることであり、重い病気の療養のために本人も家族も望んで在宅医療を受けられる事例はよく聞きます。しかしそれは、療養を受け入れる本人の意志をもっての自宅療養であり、療養を拒絶しがちな認知症患者の在宅医療とは勝手が違います。

在宅医療を推進して医療費の削減を図るという国の方針は理解できますが、それが認知症患者の在宅医療である場合、その介護やケアのために働き盛りの家族が離職せざるを得なくなる事例も多く、果たしてそれが国の為になるのかとつくづく思います。認知症の介護の為に既に仕事を減らしていた私は、その後の生活を思い、暗澹たる気持ちで病院を後にしました。